(取材・文=真野彩子 写真=写風人)
紅葉のアルカディアへ
マウンテンリサーチのアナルコカップを見ていると三年前に急逝した作家のことを思い出す。
原稿締め切りの朝、濃いめの紅茶の入ったアナルコカップを持ってパソコンの前に座る。
シェラカップを腰のベルトに下げシェラネバダあたりを駆け巡ってる頃を思いながら、原稿の決めの言葉を探していたのだろうか。
アナルコカップの魔法にかけられている幸せ者はどっさりいる。
彼らの心のうちを知りたいという思いから、マウンテンリサーチ代表の小林節正さんの森を訪ねた。
東京から最も近い秘境と言われるその地。八ヶ岳の麓を走るR141から金峰山河を横目で見ながら、さらにカントリーロードをくねくね行くと、森に囲まれた広大な敷地が広がっていた。
2000坪ぐらいあろうか。その庭というにはあまりにも広い敷地。
その土地に調和した木々が芸術的に伐採されている、草刈りも芝刈りもされている。
山の斜面に広々としたウッドデッキがあり、このデッキの上にタイニーハウス風の居住空間がある。
その上には、あのフラーのジオデシックドームのような球体が空に向かって設えてある。
家の横にはザ・ノースフェイスの2メータードームの黄色いテントが貼られている。
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金峰山、小川山に続く稜線の峰々が黄色く燃えている。
カラ松、楢の木、白樺、岳樺などの木々が見事に色づき紅葉の季節の中にすっぽりとこの場所がある。
住居というより山暮らし探検隊のベースキャンプのようだ。
キャンプサイトに立つウッドデッキに立って小林節正、まみさんご夫婦が笑っていた。
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「山に揉まれたい」
それが冒険の始まりだった
Anarcho Mountaineers =山側の暮らしに心寄せる人の場所=
ここはマウンテンリサーチのロゴ「A」とそのメッセージを再現したフィールドだ。
自然の中に暮らしの場を作りたいという思いで土地探しを始めた小林さんたちにとって、その土地の条件は、開墾されてない未整地だった。
未開地を自らの手で開墾し、その伐採した樹木を薪にして薪ストーブにくべる。
大人ふたりが週末を過ごす生活にどれだけの薪が必要かを試したかった。
「山に揉まれたいという気持ちですね。
水道もガスも電気もない場所でどうやったら生活できるかも試したかった」
そのためには整地されてない未開地でなければならない。しかし整地されてない土地を探すことは簡単ではなかった。山持ちや地主から見せられた土地は整地された土地ばかり。
地主たちにしてみれば、「山林のことも山のことも何にも知らないヤツを野に放つわけにはいかない」、なんて思っていたのだろう。
お目当ての原生林が生い茂る森の片隅でコーヒーなんか入れて楽しんでいたけれど、この土地はもう諦めるしかないなと思ったそうだ。それから2、3年、諦めていた1500坪の未開墾地を手に入れることになった。
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山の中の1500坪の未開地を手に入れても、どこからどこまでが自分の土地なのか、その広さなど見当がつかなかった。普通ならちょっとたじろんでしまうところだが、小林さんは怯むことなくこの土地を購入した。
浅草生まれで街の子だった小林さんは幼少時から高校一年ぐらいまで、休みになると三重にいる母方の祖父の山に入って飛び回っていた。鉄砲打ちのおじいさんの飯場でのハンターや山師たちとの自給自足的な生活、経験。元祖日本のアウトドアーライフだ。
狩猟してきた鳥やイノシシを食べたりワイルドライフそのものだったけれど、辛いなんてちっとも思わない楽しいばかりの山の暮らしの体験は、年かさもいかない少年の思い出として心に残った。
大人になって少し忘れていた時期もあったけれど、「あのスケール感をまた味わいたい」という体と心に沁み込んでいた思いが沸々と蘇ってきた。
だから1500坪の原生林を前にしても怯むどころか、ワクワクするばかりだった。
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土地の樹木でエネルギーを完結できるか
3割の伐採が済んだ原生林の森と伐採済みの丸太を前にして、俄然力が沸いてきた。まず玉切りだ。
はじめはチェンソーの使い方も知らなかったけれど、先逹たちに習い工夫を重ね、1年分の薪を作り上げた。
それからも伐採、開墾をしながらしばらくはテントと寝袋の生活をしていた。
標高1500メートルのこの山は、夏は笑っていれば時は過ぎていったけれど、極感の冬は氷点下20度まで下がる時もある。でも、「地球の上で眠っているんだ」と思えば、なんでもないことだった。
間伐が進んでくるとまずウッドデッキを作った。デッキにはドームテントを置いて、住処もたて、その裏にはソーラーパネルも設えた。母家の隣の道具小屋には、お湯を沸かしそのお湯をキッチンやお風呂に利用する循環システム用の薪ボイラーも置いた。
森のそこここには鳥の巣箱がかけられているし、焚火用のファイヤースペースもある。
デッキの下や薪小屋には自分の森から伐って自分で作った薪がビシッと並んでいる。
山に来ると森をひと廻りして、次に伐る木を物色する。だから、冬を前にして乾いた薪を求めて慌てたりしない。
少しずつ手を入れていった住処には、カウンターカルチャーの環のなかにいたい友達や仕事の仲間が泊まっていって伐採や薪割りを手伝ってくれた。
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小林さんがいつも間伐と薪にこだわるわけは、薪ストーブの存在が大きい。
薪ストーブは山の暮らしになくてはならない道具と決めていたから、家が建ったらまず一番に薪ストーブを入れた。
「今使っているイタリア製のドミノは2代目のストーブですが、この家と我々の暮らしにうまくあってるようです。暖房のためだけでなく料理もしてくれるし、オーブンも付いているからありがたい。山暮らしの原点がそこにあるようで安心する」
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15年目のリノベーション
小林さんはこの山に来るといつも木を伐っている。薪を作っている。庭の草刈りをしている。
庭を作り、寝泊まりする家をより快適にするために工夫をし、手を入れる。大工仕事もするし左官仕事もする。
「手を動かさなければわからないことがあるからね。
そのためには、チエンソー、草刈機、芝刈り機、薪割り機や鉈や斧など庭の道具や薪の道具、アウトドアー用品にはこだわる。薪ストーブも山暮らしの道具です」
好きになった道具は使いながら点検し修理をしメンテナンスをする。
山暮らしのディテールの一つ一をリサーチしていく楽しみは本業の洋服作りに繋がっていく。
山の暮らしに必要な道具をリサーチしながら洋服や暮らしの道具や遊び道具を作っているが、ここの場所や暮らしは、その原点となっているようだ。
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「情緒を持った洋服を作っていきたいと思うし、そうしてきた」
山の気持ち良さを感じられるアパレル。小林さんの作る洋服は、高いデザイン性が特徴だ。
機能性を兼ね備えたジャケットやシャツ。石油系の素材一辺倒にならぬよう努めつつ、コットンやウールなどの自然由来を基本にする。
ヒマラヤを目指す登山家が着るようなテクニカルアパレルではないのだから、山でも街でも着れる洋服。
インフラに頼らない山の生活を模索してきたように、誰にも指図されない実存的な動きを感じられるような洋服をいつも提供してきた。
マウンテンリサーチのアパレルは、独創的であるのに実用的だ。
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街の服を中心に作っていた「ジェネラルリサーチ」から、自然や山の暮らしを題材にした山暮らしのための服や道具作りに軸足を置く「マウンテンリサーチ」を立ち上げ、街で仕事をしながら山暮らしを実践し、15年経った。
15年目を迎えたこの夏、しっかり住めるような家にするため初めてリノベーションにかかった。
壁には断熱材を入れ、外壁にレッドシダーのウッドシングルを貼り、鉄製の窓にはペアガラスが入り頑丈になった。
「こんなにしっかりリノベーションをしたからにはここにしっかり住もうということですか ?」
「今までよりも来る回数は増えると思う。この山暮らしでしたい、次なる目標があるからね。
ここの地を探しあてるきっかけを作ってくれた田渕義雄さんが見ていた景色、そして楽しんでいた景色を見てみたいからね。それには園芸。新しい目標は園芸です。園芸を次の目標にしたい」
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「背伸びして空を仰げば、太陽にも月にも星にも手が届きそうなこの地で、足の下の土を掘り起こして野菜の種を蒔き、果実の苗を植え、自分の手で育て収穫し自分でたべる。
自分の庭の木を切って薪にしていたように、その木の落ち葉の腐葉土や生ごみや薪ストーブの灰を堆肥にする。そんなことをしてみたい。」
週末遊牧民の節正さんとまみさんが園芸家になるらしい。
実はまみさんはずっと前から園芸家なのです。庭にかわいい菜園を作っている。
まみさんが大切にしていた野の花を節正さんが草刈りのついでに綺麗さっぱり刈ってしまったこともあるらしい。
今、晩秋の陽の光が差し込む庭に優しい風が吹きわたっている。
エコ-リノベイションも終えて、山暮らしの新しい景色を作るにはいいタイミングだ。
来年の春を想像しながら、新しい家で新しい冬を迎えようとしている。
(了)
フォトギャラリー
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