長野県駒ヶ根市。中央アルプス山麓、標高800メートルを超える場所に新たな暮らしの拠点を構えた、高梨さん夫妻。思えば約40年前、思いがけず東京からここ信州に居を移したときから、お二人は趣味の幅を広げ、理想のローカルライフを紡いできた。渓流釣り、カヌー、SUP、クロスカントリー、クロマチックハーモニカ、そして、ボーダーコリーのオーナーとして。
大自然をめいっぱいのフィールドに、新たな扉を開くたび、周囲には新たな仲間との出会いの輪も広がる日々。昨年からはそこに、薪ストーブという相棒が加わった。さあここから、どんな世界が待っているのだろう。
(取材・文=玉木美企子 写真=写風人)
「理想の散歩道」が導いた土地で
振り返れば、屏風のように稜線を伸ばす中央アルプス。眼前には、3000メートル級の山々が連なる南アルプス。昨年完成したばかりの高梨さんの新たな拠点は、これぞ伊那谷、と呼びたい美しきロケーションのただなかにある。
今から約40年前、勤めていた製薬会社の辞令により、関東から長野県塩尻市に転居してきた高梨さん夫妻。その後、高梨さんが薬局オーナーとして独立を果たし、もうすぐ20年が経とうとするこのタイミングで、かねてからの念願だった「愛犬とすごす家」での暮らしが、ここ駒ヶ根の地にて始まった。
約300坪の敷地の半分を芝生のスペースにあてたのはもちろん、今や暮らしの中心となっている5頭(現在はもう一頭、パピーをお預かり中)のボーダーコリーたちのため。
「この土地を選ぶ決め手となったのも、適度な距離の遊歩道と水場のある、良い散歩コースが近くに見つけられたからなんです」
そう穏やかに話す高梨さんの声に、最年長のお母さん犬・メルローがのんびりと耳を傾けている。
趣味を楽しむ家に寄り添うHETA
家屋は焼杉の外壁が美しい平家建て。室内は広々としたリビングダイニングにバス&洗面ルームのほかは、寝室と客間のみというミニマムな間取りが潔い。
玄関から廊下、壁面とあちこちに絵画や陶芸作品が色を添え、暮らしを楽しむお二人らしさがすでににじんでいる。
そんな高梨家が選んだ薪ストーブは、北欧・デンマークで誕生したHETA(ヒタ)、ロギ・ソープストーン+オーブン。美しい北欧デザインながら、50cmの薪も受け止める大きな炉、高い燃焼効率とソープストーンがもたらす力強いあたたかさは、すでにこの家に欠かせない存在となっているようだ。
3月も終わろうとしているけれど、まだ冷たい風の吹く駒ヶ根高原でも、薪ストーブに火が灯されると、すぐにやわらかな熱が空間全体を満たしていく。
「いつものメニューだけれど、簡単でおいしいから、焼きますね」
まゆみさんがお手製のアップルパイを上段のオーブンに入れてくれた。
なんだかいつもよりもゆっくりと時間が流れているように感じるのは、あたたかなストーブの熱と犬たちの気配、そしてオーブンからただよう、バターの芳しい香りのおかげかもしれない。
火が、仲間との集いの中心
勤務していた製薬会社で、思いがけず長野転勤の辞令が言い渡されたとき、まず高梨さんの頭をよぎったのは、「海」のことだったのだとか。
なぜ海? 意外な反応に感じるけれど、理由を聞いて納得。
「当時、週末といえば海釣りにどっぷりハマっていたから、海がない暮らしが考えられなかったんですよ」
しかし、そこからがさすがお二人というべき展開。
登山に川釣り、カヌー、冬はクロスカントリーと、すぐに信州のフィールドで楽しめる趣味を見つけ、アクティビティの幅を広げていったのだ。
じつは、ボーダーコリーとの出会いも、信州移住後に始めた鮎釣りの師匠からのすすめがきっかけだった。
「かわいいから飼ってごらんと言われて、最初は一頭から。そこから子どもが生まれて、現在の5頭になりました」
飼い主に忠実で賢く、運動神経抜群。そんな彼らと高梨家の相性はぴったりで、とくに高梨さんの楽しみは相棒を得てさらに豊かになっていった。
「犬が来てからは、キャンプやSUPをいっしょに楽しむような過ごしかたが週末の定番になっていきましたね。せっかくなので大会にも挑戦していますが、犬ぞりはとくに速くて。
1頭なら優勝も経験したし、2頭引きでもベテラン相手に3位に食い込みました」
趣味とともに、新しい仲間との出会いも広がって。高梨さんの周りにはいつも、多くの友人たちの笑顔があふれている。昨夏からすでに、愛犬仲間が駒ヶ根に集合しているのだとか。
「ボーダーコリーが10頭以上、オーナーたちもみんな集まって、久しぶりにワイワイ楽しみました。BBQをして、宿泊は庭にテントを張る人もいて。でも真っ先に話題になったのは、『薪ストーブ、いいね!』でしたよ。
冬も、火を入れると、人も犬も自然とまわりに集まってきます。
そしてなにより、この力強いあたたかさがありがたい。犬のためにと石張りにした床でも快適に冬を乗り切れるのは、間違いなく薪ストーブのおかげです」(高梨さん)
「真冬でも、最後に一本薪を足して、部屋の扉を開けておけば全室朝まであたたか。『ふとんから出たくない』という寒さがまったくないんです」(まゆみさん)
「煙だらけのスタート」も、今では良き思い出に
ところで、長くなった信州暮らしのなかでも、高梨家が薪ストーブユーザーとなったのは今回がはじめてのこと。導入に戸惑いはなかったのだろうか。
焼きたてのアップルパイをいただきながらふと、尋ねてみると、二人は顔を見合わせて「最初は失敗したね!」と大笑い。
「燃える薪と、燃えない薪があることがわからなかったんですよね。空気の入れ方も最初は分からなくて、煙だらけになって、大騒ぎ! でもそのあと、良い薪屋さんとの出会いにも恵まれて、いまではすっかり燃やし方にも慣れました」
「香りもいいし、優しく燃える感じがするから」お気に入りは針葉樹よりも広葉樹。ひと冬を越えて、シーズンに必要な薪の量も見えてきた。時間を見つけては、「キンドリングクラッカー」で薪割りをするのも楽しみの時間となっている。
「そうそう、薪屋さんを紹介してくれたのは、犀川でやっているカヤックのコーチなんです。もともとの趣味から、また新しい出会いへとつながっていきました」
犬とともに火を眺めて、心穏やかな時間を
医療関係者として、これまで以上に緊張感高まる時間の多かった、高梨さんのここ数年。この家の完成と薪ストーブの存在には、大いに助けられたのだと話してくれた。
終いの住処として、バリアフリーの環境整備も万全。これからはますます、この場所ですごす時間が増えていきそうだ。
「外出が容易にできなかったときも、ここではマスクを外して、犬とともに火を眺めて、心穏やかな時間をすごすことができました。
メンテナンスも簡単で力強く、眺めていても心地よいロギは、単なる『火の楽しみ』を超えて、この家での暮らしに欠かせない存在だと思います」
(了)