(取材・文=真野彩子 写真=写風人)
「仕事はデジタル、暮らしは自然の中で」を選択
夢にまで見た憧れの森暮らしや、カントリーリビング。
薪ストーブを生涯の友と決め、自然を求め、アルカディアを求め、軽く志も持って……。
20年前、30年前の先人たちは、アウトドアライフを娯楽として嗜むばかりでなく生活の手段として、手探りで階段を登るように田園生活を始めていった。
そして時代も巡り巡って、いつの間にか新世代の田園生活者たちが新しい仕方で、臆することなく、自由に楽しくそのライフスタイルを見せてくれている。
映像制作者の 阿久津俊吉さん一家はそんな新世代のカントリーリビングのファミリー。
43歳の阿久津さんに奥さんの妙子さん、7歳の長男颯太ちゃん、4歳の次男晴太ちゃんの4人ぐらし。それにおとなしくて賢い甲斐犬のトラ太も家族の一員だ。
東京在住の阿久津さんが、東京を離れ自然に近い郊外への移住を計画したのは、7年前。
長男の颯太ちゃんが、小学校に入るまでに落ち着きたいと「移住準備期間は4年間ぐらい」を目標にした。
妙子さんは、東京の郊外生活は便利だし気に入っていたので、わざわざ不便なところに移住することに不安を抱いていた。
しかし長男誕生とともに「東京じゃなくてもいいかな、もっと自然に近いところがいいかな」と思うようになった。
東京の郊外からまず長野県の佐久市に移住。「場所選びなどあまり深く考えなかった」とスタートした移住計画。 いざ実行してみると、賃貸の一軒家が意外と少ないのに驚いたそうだ。
しかし家探しをしているうちに、自分たちの家や生活に対する考えもわかってきたし、家探しのエクササイズにはこの4年間は決して無駄ではなかった。
次の引っ越しは、同じく長野県の富士見町。その家は古民家風の日本家屋だった。
古い家で住処にしては不自由な作りにして、とにかく「寒い」。
しかしこの寒い家での経験が、「薪ストーブがほしいね」 の希望と確信になった。
そして縁があって山梨県北杜市の小淵沢へ。 小淵沢に移ってから、「自分たちの家」を建てようと思う気持ちが強くなり、真剣に土地を探し始めた。
八ヶ岳で家作りへ
そして、同じく北杜市で現在の土地を見つけ、家が建つことに。この地は八ヶ岳の麓に位置し、自然に恵まれながらも小学校にも小海線の駅にも近いし、高速道路にも近い。
標高も1000メートルで、人が住むための自然条件には恵まれている。
土地が決まり、いよいよ楽しい家作りが始まった。
阿久津さんは、家作りに対しても堅実を旨とする姿勢で取り掛かった。無理のない予算で、自分たち家族が住むために必要なスペースを上手にレイアウトして無駄に経費をかけない。
阿久津さんの家は、四間(けん)×四間(一間は約1.81メートル)の正方形の「真四角の家」だ。
このスペースの1階はワンルームのリビングとキッチンに洗面室など。
「吹き抜けの天井もちょっと魅力的だったけれど、スペースがもったいないので、そこを、屋根裏部屋の2階として、仕事部屋と寝室。そして3階部分を子供部屋にしました。」
2階、3階の屋根裏部屋も伽藍(がらん)と広いワンルームになった。ここを仕事がしやすいようにうまく有効利用している。
「あるべくしてある」それが、薪ストーブ。
この家は、ハーフビルド方式を取っていて、工務店に頼んだのは、基礎、骨組み、水回り一式、窓周りのみ。内装などの家の中の工作は、住みながらあわてず、ぼちぼちと。
この方法がうまく成功したようだ。この家は、「阿久津さんの手作りの家」なのだ。
リビングルームを見渡すと、家族の行動の流れに沿ったように自然体で物が置かれている。丸いテーブルもソファーもずっと前からあるべくしてあったようにそこにある。
「あるべくしてある」、その言葉にぴったりのもの。それが、薪ストーブだ。
阿久津家のストーブは北欧デンマーク HETA (ヒタ)のNORN(ノルン)。
妙子さんの言葉を借りれば、「ノルンは、一目惚れのストーブ」。
「部屋のスペースが限られているので、縦型が一番に気に入った。ガラスの部分が大きいので炎がゆっくり眺められて楽しい。すぐ温まるのもうれしいし、火力の調整に使うのはシンプルなレバーだけで、これなら子供でも大丈夫そう。」
厳冬期はこうはいかないかもしれないが、それでも氷点下ギリギリの3月、大きめの薪1本で2時間くらい24度を保っている室内。ちょっと驚きだ。
この熱効率の良さの秘密はいろいろありそうだが、ストーブの側面と天板がソープストーンで囲まれていることにもあるようだ。ソープストーンは見た目も美しいが、熱エネルギーを効率的に保持する優れた特性がある。
妙子さんは、「ソープストーンがお洒落で、火を入れてない夏場にも部屋に溶け込んでいて気にならない」と話す。
当初はカーテンを購入する予定だった補助金を、薪ストーブの費用に当てた。今でもカーテンはないが、それがこの空間によく似合っている。
モダンであるけれどあたたかい、
シンプルであるけれど優しい。
デンマークではHygge(ヒュッゲ)という言葉がある。「親しい人と過ごすリラックスした時間」を意味するのだが、火をもってもてなすデンマーク人の心模様をも表すようだ。
家族揃って火と楽しんでいる阿久津家のリビングにぴったりのストーブだ。モダンであるけれどあたたかい、シンプルであるけれど優しい。ヒタのストーブが新世代のファミリーの間で注目されていることも納得できる。
住み続けて、手を入れ続けて、
今が一番快適な家がいい。
イベントやモーターショーの映像作りが仕事の阿久津さんは、ほとんどの仕事は在宅でできるため、時間に余裕がある。「作品を提出してから校正が出るまでは家の大工仕事や、木工仕事に打ち込める。
普段でも仕事の合間に散歩や、家事などができる。この生活が始まってから生活にゆとりがでてきましたね」と嬉しそう。
リビングルームの向こうには家面積と同じ幅(床面積8畳間くらい)の屋根付きウッドデッキが併設されている。夏は七輪で魚や肉を焼いたり、火のある食卓と遊びの場として活躍した。冬もデッキを活用したいと、サンルーム風に改築中だ。DIYの道具を整理したり、木工室としても使われている。
この木工室での作業から部屋の内装が次々に出来上がっていったし、キッチンや洗面所などのよく工夫された棚なども阿久津さんのお手製だ。キッチンの棚は妙子さんのリクエストに合わせて出来上がったものだ。
木工室には作りかけの家具や、棚板や建材などがいっぱいあるし、家の外には大きな石が山積みされている。阿久津さんの計画しているお楽しみのリノベーションは、まだまだ続くようだ。