ハイテク分野のプロダクトデザイナーが薪ストーブに出会い、運命に導かれるようにファイヤーツールを手がけるまで。ファイヤーバードとアシュシュのデザイナー、安次富隆(あしとみ たかし)さんの山荘に伺って、火のある暮らしとものづくりの関係をお聞きしました。
(取材・文=真野彩子 写真=写風人)
静けさの中に溶け込む山荘
山中湖からほんの10分ほど車を走らせたばかりなのに、観光地の喧騒など届かない森の中、そこに安次富隆さんの山荘があった。夏であったらさぞ緑豊かな森の中、そして秋の季節は色鮮やかな紅葉に彩られるだろう。
でも3月の今、もう春も近い頃だが、冬枯れの樹木の中にその色合いがマッチしている。
プロダクトデザイナーの安次富さんと同業の奥さん、安次富久美子さんの山荘だ。
静けさの中に溶け込んでいるようで素敵だ。
中にお邪魔すると、エントランス、リビングルームやキッチンなどがある1階と、仕事部屋と寝室の2階、どちらもワンルームになっているが、すっきりまとまっていて無駄がない。余計なものがなく余計な部屋もない。
「薪ストーブを入れたらどうですか」
「土地をここに決めたのも、家がこのように出来上がったのも偶然と言いますか、かなり自然の流れでこうなったのです。家づくりの計画を綿密に練り上げていったわけでもない。予算も十分あったわけではないので、工務店の人に建材や窓材、断熱材など余っている物を譲ってもらったり、再利用したりあまり難しく考えないうちに家が出来上がってしまったのです。」と、安次富さんは言うが、さすがディーテールにこだわったプロダクトデザイナーの眼力が、家のそこここに響き渡っている。
東京の自宅から週末の何日かをこの山荘で二人で過ごす。自然を楽しむ山荘であるが、仕事をこなす大切な仕事場である。「仕事は都会よりもここの方が集中できる」そうだ。
家を建てるとき、ちゃんとした買い物は薪ストーブだけだった。
それまではほとんど薪ストーブに興味がなかったし、石油ストーブがあればいいや、なんて思っていたし、薪ストーブはどうも面倒臭いなーと感じていた。
でも工務店から「薪ストーブを入れたらどうですか」と勧められ、騙されたと思って入れてみた。それがどこでスイッチが入ったのか、その後、薪ストーブのツールまでデザインすることになったのだから。
デザインに求められる
使い手・自然・モノとの交感
安次富さんは大学卒業後、ソニーデザインセンターに入社。テレビ、オーディオ、ビデオなどのデザインを担当し、数々のヒット商品を手がけてきた。その後独立し、デザイン会社「ザートデザイン」を設立、久美子さんもスタッフの一員だ。
現在は母校の多摩美大で教鞭をとりながら、プロダクトデザイン、情報機器や家電製品などのエレクトロニクス商品のデザイン開発、地場産業開発、デザイン教育など総合的なデザインアプローチを行なっている。
安次富さんのプロダクトデザインに対する考え方が伺える、あるイベントでの発言の一つがある。
「デザインでは人や社会のためになることを考えることが大切です。しかし一方的な思いだけでデザインしてはうまくいきません。かと言って、他者の望みに合わせるだけだと、創造になりません。
感覚や感情といった感性と、感思や感得といった理性を交感しあい、デザインの許容範囲を探っていく必要があります。交感する相手は使い手ヒトだけではないでしょう。自然やモノとも交感し、お互いに折り合いがつけられる範囲を探ることがデザインに求められていると思います。」
ちゃんと心を込めて作られたモノからは
メッセージが感じとれる
ハイテク分野のプロダクトデザイナーの安次富さんが火と暮らす生活を始めて、薪ストーブという古典的な職人技の世界でどんなプロダクト(もの)を考案しデザインされるのか。そんな疑問を問いかけた。
「薪ストーブを買って薪ストーブのユーザーになったら、薪ストーブの仕事が来たんです。薪ストーブ愛好家になると、自然に薪ストーブのツールに多く出会うことになる。自分がユーザーになれば使い手の気持ちもわかる。」
昨今、とかく「モノよりコト」とか「モノに片寄らずコトを大切に」とか言われる風潮があるが、安次富さんの考えは、「モノとコトは1セットになっている。デザインをしていて面白いと思うことは、ちゃんと心を込めて作られたモノからは、何となくメッセージが感じとれる。モノはメッセージを発するのです。」
初の火の道具に取り組んだファイヤーバード
ガラス製花器や竹製カトラリーなど、数々のグッドデザイン賞を受賞した安次富さんが、薪ストーブのオーソリティーであるポール・キャスナー(ファイヤーサイド代表)の依頼に応えるべく、薪ストーブのツール作りを始めた。まず手がけたものは、火ばさみ、火かき棒。何か不思議な魅力を感じるネーミングの「ファイヤーバード」。
薪ストーブを効率よく燃焼させるためには、薪や熾(おき)のコントロールが不可欠であるが、ファイヤーバードは、つかむ、返す、砕く、平す(ならす )の4つ動作が1本で行える。
発案者のポールの依頼に、安次富さんと創業60年の実績を持つ金属加工のプロがダックを組んで開発に取り組んだ。
試行錯誤の結果、黒染めと呼ばれる技法で施された美しい色合い、バネのようなしなやかさと強靭さ、握りやすいグリップ、先端と曲線で薪を捉らえる火ばさみが出来上がった。
「試作品を何本も作っていくうち、穴が目になり先端がくちばしになり “鳥”になった。鳥の誕生なんです。ファイヤーバードの誕生です。だからファイヤーバードの名付け親は私です」と、安次富さんは笑う。
第二弾は灰掃除の不を解消するアシュシュ
安次富さん制作の薪ストーブツールはさらに進んでいった。
二つ目は灰掃除シャベル。灰 (アッシュ)をしゅしゅっと集めるから「アシュシュ」。
薪ストーブは好きだけど灰掃除が苦手だ。灰が床にこぼれたり室内に舞ってしまい掃除の手間もかかるなど、灰処理がどうにかならないの、という声は意外と多い。灰のことで薪ストーブを諦めてしまう人もいる。そんな人たちのために使い勝手が良くおしゃれな灰掃除道具ができあがった。
灰が溢れない構造のスコップと灰を集めやすいスクレーパーの組み合わせ。見た目よりもたっぷり灰を運べてこぼれない。グリップの部分が竹でできているので肌触りが優しく握りやすい。
竹製のカトラリーを作った安次富さんのアイデアとこだわりを感じさせる。機能を追求しながら芸術性さえ感じる美しい道具が誕生した。
ものづくりの過程で
職人とは徹底的に付き合います
「ソニー時代に作っていたものとこういうツールを作るのもつくる姿勢は同じです。私はものを作るときはとにかく現場に行き職人とのやりとりの過程で作り上げる。
ハイテク機器も伝統的なものも職人との付き合いが大切だと思っています。職人が作るものもハイテクなものですから。私はハイテクにしか興味ないです。職人技もハイテクだとわかる。ハイテクこそ文化を引っ張ると思う。その信念でオーディオもこのストーブのツールも作ります。職人とは徹底的に付き合います」とものづくりの自身の信条を語る。
生活が美しく、楽しく感じられる道具を作りたい
薪ストーブを使ってみてそれまでに経験したことのない「火と暮らす生活の楽しみ方」を実感し、薪ストーブがより身近になった安次富さん。とうとうその道具まで作ってしまったけれど、まだまだ作りたいものがたくさんあるという。例えば、湯気が立ち昇るスティーマー、箒 (ほうき)、灰をすてるバケツ、ケトルなどなど。
「薪ストーブは生活を豊かにする道具だと思います。だからこそその豊かさとはと考えるとき、道具の利便性や機能性ばかりを考えるのではなく、生活がワクワクするような、より楽しく美しく感じられるような道具。スティーマーであったら湯気が立ち上る様子が、家の風景になるようなスティーマーを作りたいです。
そして、行くゆくは「薪ストーブ」も作りたい。見た目の美しさだけではなく、究極の熱効率をクリアーしながら、火の美しさを追求したい。ストーブの火でオーロラを作りたい。さらに日本的な考えを持ったストーブを。
西欧のものはどうしても物量で考え、物量で勝負の傾向にあリます。食事を取ってもあちらはナイフ、フォーク。スプーンと忙しい。私はお箸があればいいんです。
ですから薪ストーブだって、複雑でなくシンプル、そして日本的な洗練された薪ストーブが作れるはずです。日本的な家にあった薪ストーブがあったら素敵だと思います。これは夢ではなく目標です。」
エピローグ
若い頃からずっと、山里に別荘を持つ暮らしなど夢にもなかった。でも草取りも大好き、草刈りも大好き、植物や樹木にも興味を持ち、庭に来る野鳥に素敵なバードハウスを作ってあげたり、すっかり「森の人」だ。
でも沖縄出身の安次富さんは、「海の人」でもある。海が大好きで、「海辺からずっと遠くの船が去っていくのを眺めているのが好きですね」と少年のように話す。いつかまた海のそばに帰る日が来るかもしれない。その時までに、安次富さんが考える理想の「薪ストーブ」を森の置き土産にしておいてください。